2012-02-09

3リットル、300リットル


アフガニスタンといえば乾燥し、荒涼とした大地のイメージ。
アフガニスタンに来るにあたって、まあ私もいつか水不足に悩まされるのだろうなあーと漠然と思っていた。
それがまさか、真冬に雪の中で水不足に苦しむことになるとは。。。

今年のカブールは例年以上の寒さと降雪に見舞われている。先週末に50センチくらい降った雪はまだ溶けない。というのも、その後晴天が続いているが、何しろ気温が低い。最低気温は-20度近くまで下がるし、最高気温もなかなか氷点下を越えない。しかも風が強いので体感気温は相当低い。

そして月曜日、ついに水道が完全に止まってしまった。家のどの蛇口をひねっても、一滴たりとも水が出ない。翌日も、その次の日も、今日に至るまで、まったく出ない。

だいぶ前になるが、
3リットル、300リットル、3,000リットル
という数字を聞いたことがある。

これら3つの数字はどれも日本人一人あたりの1日の水の消費量を表している。
3リットルが「飲料水」
300リットルが、「生活用水」
3,000リットルとは、「間接的に消費している水」・・・国内の農業用水・工業用水、そしてバーチャル・ウォーター輸入量を国民一人当たりに換算したもの。

地球環境問題の視点からいうと、最後の3,000リットルという大きな数字が問題になるわけなのだが(そして私も当時はそこに注目していたのだが)、ここ数日の私の関心は、前者2つ。
3リットルと300リットル。つまり、飲料水と生活用水。

飲み水は近所の雑貨屋でペットボトルを購入。

生活用水(つまり掃除、洗濯、トイレ、お風呂用)は、200メートルほど離れた道端にある手動ポンプ式の井戸からバケツに汲んできている。それを4階まで持って上がるのだから結構な重労働。汲みたての水は濁っているので、時間が経って泥や砂が沈殿してから使う。

苦労して手に入れた水。
このところ私が1日に使う水は、1リットルと10リットル程度。

そして日本の生活用水消費量1人当たり1日300リットルの数字に衝撃を覚える。

なんて恵まれた生活をしているのだろう、と。


慢性的な水不足に悩まされる土地に住む人たち、1日の大半を水汲みに費やさなければならない境遇にある人たち、これまでもメディアや本などで話には聞いていたけれど、実際に体験してみて、格段に深く、強く、近く、彼らの苦労と、事の重大さを感じる。もっとできることがあるのではないか。。。日本(や先進国)での当たり前は、世界的に見たら、まったく当たり前ではないのだ。


翌日から水道が止まった


2012-02-01

私の予定を決めるのはだあれ? -途上国都市型「晴耕雨読」の生活ー


ビジネス書籍・雑誌などで、スケジュール管理、タイムマネジメント術、自己管理術が頻繁に話題に上る。私もつい気になって手に取ることが多い。それぞれの書籍や著者によっていろいろ細かなコツはあると思うが、大筋のメッセージは、できるだけ規則正しく、ルーチン化することで要領良く時間を使いましょう、に集約されると思う。毎日やることは極力ルーチン化しておくことで手間と時間を減らし、その分クリエイティブなことにエネルギーを使う。

例えば、朝の1時間はメール処理に集中し、その後の時間はミーティング優先。スケジュール帳には30分単位で予定を書き込み、各予定の所要時間を可視化。すると、前の予定がだらだら延びてしまうのを防いだり、隙間時間に追加の予定を入れて効率的に動けるようになる、等々。まあ、10年以上も日本で社会人をやっていれば、意識せずとも染み付く生活習慣かもしれない。

翻って、今の私。カブールの生活には慣れてきたし、仕事もしているけれど、どうも「自分のペース」と言えるほどの「しっくり」感が持てない。特に仕事に関して。このところそれがずっともやもや気になっていたのだが、ようやく原因がわかってきた。

カブールはだいぶインフラが整ってきたとはいえ停電・断水は日常茶飯事。いつ停電するかはまったく予測不能。朝起きたら電気がないこともあれば(昨日のように)、昼間ずっと停電のこともあるし(今日のように)、夜寝る前のこともある。先日は寒さで水道管が凍ったのか、丸24時間水が出なかった。

つまり、お天道様ならぬ、電気と水道が今日の私の予定を決めているようなもの。電気がある間は(インターネットもつながるので)メールを書いたり、リサーチをする。停電してもしばらくはPCで書類作成。なお停電が続いていれば読書でもする。私のアパートは職場兼自宅(ホームオフィスというやつ)なので、水道がつながると、それ、今のうち!と急遽仕事を中断して洗濯をすることもある。

今年の冬は雪が多いそうで、それで交通が麻痺することもある。先週は雪のため空港が丸1日半封鎖されて、私も初日は空港でUターン、翌日は空港で10時間待ちを余儀なくされた。

移動手段は車だが、外国人女性が一人で運転するわけにもいかず(残念ながらそういう場所なんです。第一女性ドライバーを見たことがない)、周りに頼ることになる。友人の予定の合間を縫って、打ち合わせ先に送ってもらうので、調整に結構な手間がかかる。

そんなこんなで、とにかく予定通りに物事が進まない。いくら前日にTo Doリストを作っておいても、電気が止まったために何一つ片付かないことが多い。アメリカや中国の同僚と設定したSkype Callが停電のため流れたことが何度あったか。

私はそれで自分のアウトプットが落ちていると感じ、無意識のうちにストレスを溜めていたのだと思う。

でも「ちょっと待った。」

そもそも「私の予定をコントロールするのは私。」という(日本では当たり前だった)前提は、果たしてここアフガニスタンでは妥当なのか?

アフガニスタン人と話していて、「次はいつ会いましょうか?」と聞くと「うーん、インシャーアッラー、来週の月曜日かな。」などと答えが返ってくることが多い。インシャーアッラー、つまり「神様が望むなら」。決めるのは「自分」ではないのだ。

カブールで2ヶ月過ごしてみて、私も次第にそんな心境になってきた。不確実な要素がこんなにも多い環境では、工程表も、To Doリストも、ただの紙切れになる可能性が高い。

重要なのは、目指すゴールを忘れないこと。譲れないポイント、本質的な優先順位を忘れないこと。そういう意味ではつねに鋭敏に。

一方で、具体的なアクションはある程度まとめて、ゆったり捉えればいい。1週間、あるいは1ヶ月という時間の塊でつじつまを合わせよう。物事の順序とタイミングは常に変わる。神経を使うポイントではない。

晴れたら畑を耕し、雨が降ったら本を読む。

電気が来たら仕事をし、水が来たら家事をする。

これが途上国都市型(少なくともカブール型)晴耕雨読の生活也。

大雪のあとの外回り日和